このインタビューは、“Von Jakarta bis Johannesburg – Anarchismus weltweit”(Sebastian KalichaおよびGabriel Kuhn編、Unrast Verlag社より2010年に刊行)というドイツ語の本に収録された。[この日本語訳では、ドイツ語版は参照していません。[ ]内は訳注です。]
インドネシアでのアナキズムの歴史について教えてもらえますか?
MT: 私の友人たちから聞いた話や、私が学んできたことから知っている限りでは、インドネシアでのアナキズムは1998年頃に、パンク・ミュージックの到来とともに始まりました。当時はアナキズムといえばパンクの同義語で、そのコミュニティーの中の一部の人々が、アナーキーな思想と価値を深く掘り下げるようになりました。その時以来アナキストの論説は、パンク/ハードコアのコミュニティーの中の個々人や、コレクティブの間で発展しはじめました。そしてのちには活動家たち、学生たち、労働者たちのようなより幅広い諸集団の範囲へと、本質的に多様な背景をもつ大衆へと広がっていきました。
アナキズムの論説が広がっていく間に、この話題をめぐって多くの議論が起こるようになり、アナーキーはより深く討論されたり、分析されたり批評されたりするようになりました(そしてこの流れは今日まで続いていて、より広い多様な分析の場をもつようになっています)。次の段階は、それを実践に移すことでした。たとえば、アナーキーな原則と価値(脱中心的で脱ヒエラルキー的であること、そしてコンセンサス)をもったコレクティブを形成することでした。それらのコレクティブには多くの問題があったとはいえ、このようなコレクティブのモデルは何か違ったものに見え、(政治的な領域でも非政治的な領域でも)ヒエラルキー的、中央集権的、そして権威主義的な形態や構造を通して、常に支配的であろうとするグループのモデルとは反対のものに見えたかもしれません。
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