投獄されたアナキスト、ヤニス・ジミトゥラキス(Giannis Dimitrakis)への連帯の呼びかけ

 2006年1月16日の朝、アナキストのヤニス・ジミトゥラキスが、アテネの中心部にある国立銀行の支店に強盗に入り、警官に銃撃されて重症を負い、逮捕されてから4年以上が経つ。
 そもそものはじめから、出来あがった情報の嵐が警察の手で組織的に提供され、マスコミによって進んで垂れ流された。警察は「黒の窃盗団」をでっちあげ、他の同志たちをそのメンバーとして名指しできるようにし、一連の強盗事件を彼らのせいにしたばかりか、武装した革命グループとも関連付け、さらには、あらゆるアナキスト=反権威主義運動は組織的な犯罪と密接に関わっていると宣言した!! ヤニスの逮捕、彼への誹謗中傷、そして捜査は彼の共犯者とされた3人に襲いかかった(彼らにはのちに指名手配され、天文学的な額の懸賞金がかけられた)──計4人の同志たちは多年の政治活動で知られる──一方では彼らを法的に無力化するために、他方では意味を剥ぎ取り、アナキストたちや反権威主義者たち、そして階級闘争を犯罪化するという全面的な計画を推進するために。
 彼の政治的な本性のために、国家は最初から彼に憤怒をもって臨んだ。メディアが間違った情報と印象を広めるかたわら、地区の弁護士が彼を救急処置室で尋問しようとした。その間彼は寝たきりの状態で、薬剤の影響を受けていた。彼は「反テロ」法に基づいて起訴され、6件の未解決の強盗事件、それに殺人未遂やマネー・ロンダリングと結び付けられた。彼はおそらく、最大限のセキュリティーを備えたマランドゥリノ(Malandrino)刑務所に収監された最初の人物となった。看守たちによる攻撃、報復的な移送と懲罰的な判決、一審での徹底的な判決(強盗に35年の刑期は前代未聞)を受け、そして控訴審での抗弁の準備のための基本的な権利は挑発的に剥奪された。彼に対する弾圧的な攻撃の中で。
 このような極端な状況の中で、同志は銀行から奪取するという彼の選択についてはじめから抗弁し、後悔することなく彼の動機と意図を明らかにした。彼は批評としての重要性をもった彼の行為を意義付けた。賃金制度や搾取、そして銀行の反社会的な役割に抗する、対位法的な社会的闘争の一部として。
 それにもまして、刑務所の悲惨な現実の中で、彼ははじめから活動的であり尊厳とともにあった。彼はこれまでギリシャで起こった囚人たちの闘争の全てに参加した。ハンガー・ストライキに立ち上がり刑務所の食事を断った−警官の弾丸のせいで、永続的な健康問題を抱えていたにもかかわらず−囚人の仲間たちへの連帯を示し、囚人としての困難な立場の中で生存と存在をかけて闘った。彼は他の反権威主義の囚人たちとともに、2008年秋の囚人たちの壮大な運動において、コミュニケーションの相互作用的な回路となった。
 これらの全ての理由−そしてヤニス・ジミトゥラキスと指名手配された他の3人のアナキストたちは我々の一部であり、同志であり、そして自由を求める多様な闘争をともに闘う仲間であるために−彼らへの連帯と政治的弁護のための多数の行動が、ギリシャの多くの都市で噴出した。抗議行動、文書やパンフレットからビラ、横断幕や壁に書かれたスローガンまで。そして銀行や他の経済的な標的や政府の車両に対する攻撃行動から、多数の人々が参加した円形競技場での公開行事、アテネ中心部での行進やマランドゥリノ(Malandrino)、コリダロス(Koridallos)、ネアポリス(Neapolis)そしてアリカルナソ(Alikarnasso)の刑務所の外側でのデモに至るまで、アナキストたちと反権威主義者たちは、国家によって人質にとられている彼らの同志たちに応答する方法をはっきりと示した。
 呼びかけは4月28日、つまり、私たちの同志に対して判決が下される日になされるだろう。彼の逮捕から4年後、この極めて抑圧的な企てが始まってから4年後、12月の暴動から1年と数ヵ月後のこの日、闘争する人々を不断に執拗に弾圧し、周辺化し犯罪者化しようとする国家の姿はますます明瞭になっている。この政策に抗する我々の武器のかなめとなるのは、全ての可能な手段を用いた積極的な連帯である。
 ヤニス・ジミトゥラキスに関する呼びかけは大変重要だ。彼の件の法的な結果はもちろん、国家のごまかしと我々に対する挑戦が成功するのを許すのかどうかがかかっている。
 2010年4月28日の呼びかけに関して言えば、我々はあらゆる場所での連帯行動を必要とする。諸共同体と同志たちは、4月27日火曜日、ギリシャ全土において行進と行動を組織する。しかしながら、もしあなたもまた、その日に(またはそれに近い日に)あなたの都市とあなたの国で、例えばギリシャ大使館や領事館の外側でデモをするとしたら意義深いことだろう。そんなたくさんの行動は特別な連帯のメッセージを送ることになるだろうし、私たちにとって重要なものとなるだろう。

 同志としての挨拶をもって

 Assembly for Solidarity
 (アテネ)

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※この記事はIさんによる翻訳の転載です。