7月17日土曜日にアムステルダム(14u、Spui)で行われるデモ、「ギリシャはどこにでもある!」でのアナキスト・ブロックのための呼びかけ
国家と資本主義に対する国際連帯を!
アテネからアムステルダムまで強力な緊縮財政が実施され、それにより下層階級が最大の打撃を受けつつある。ヨーロッパのあらゆる国では予算を何十億も削り、したがって、賃金、年金、奨学金は全て削減の圧力、または脅迫を受けている。国家は負債を減らさなければならず歳出削減が必要だと言うが、負債は彼ら自身が作ったものだ。というのも、彼らは銀行に救援パッケージを与えたからである。一方、我々はこれらの危機対策をただ受け入れるべきであると言われ、それらは我々自身の失敗であるとさえ言われている。
労働者たち、失業者たちそして学生たちは、今や銀行への財政的援助のために支払おうとしている。我々は今や国家、富者および彼らの銀行を‘失敗’から‘救出’しようとしている。しかし我々の誰もが、政治家たちと銀行家たちは危機から個人的に害を被らないよう、彼ら自身のポケットを満たしているということを知っている。
我々は彼らの危機のために支払うつもりはない。富者と貧者、搾取者と非搾取者、勝者と敗者の分割に基礎を置く資本主義の制度は、守られるべきではなく破壊されるべきである。この時点で実施されようとしている危機対策の唯一の目的は、単に支配階級と彼らの制度を保護するということにある。だが一方、我々は彼らの失敗のせいで大損失を被っている。今こそ、我々の生存を取り戻す権利を行使してみせる時だ。我々が自ら組織し運営する生存とは、官僚制度と搾取ではなく、協力(自己組織化)と連帯に基づいた社会である。それは銀行や政府をもはや必要としない社会である。
ギリシャでは何十万もの人々が、彼らの善良な価値ある生存への権利を守るために街路に出た。ギリシャの人々の闘争は我々の闘争でもあり、それは国際的な闘争である。“それは銀行の利益ではなく、人々の必要に応じて決定される社会のための闘争である。受け入れられる水準の生活を誰もが営める社会のための闘争である――働く人々、学生たち、失業者そして年金受給者たちが、ここのみならず世界のあらゆる場所で。人々が彼ら自身を組織できる(誰もが決定に参加する透明な)社会のための闘争である。誰もが無料の教育と健康サービスを受けられる社会のための、平等な機会のための、貧困と不平等を無くすための闘争である。”自己組織化、連帯そして自由のための闘争である。
国家および資本と呼ばれるこの悲劇の終わりの始まりのために。みんな街路へ:尊厳のために、自由のために、アナルヒーのために!
アナキスト・ブロックに加わろう! 旗と横断幕とを持って!
「ギリシャはどこにでもある!」のアナキストたち
“明日は来た、今日を追い払うために”(最近アテネで配布されたポスター)
下のポスターは、アテネ北部郊外の街路で配布されたものである。よく知られたフレーズに言葉を引っ掛けている(もともとのフレーズは、“野生の動物は来た、飼いならされた動物を追い払うために”)。ポスターにはこう書かれている:
明日は来た、今日を追い払うために
この危機は今日も資本主義が、昨日やおとといと同じように、我々の生を破壊し自然を略奪していることを裏付けている。それらの瞬間は貴重(決定的)であり、我々皆の自覚を高めることが必須であり、行動は避けられない。さあ出会おう、さあ組織しよう、通りに出よう……さあ反乱しよう!
明日は来た:基礎となる労働組合、労働者―失業者の集会、大衆的な集会、健康の自主管理、自由学校、住居の占拠、相互援助のネットワーク、連帯基金、大規模な無期限スト、資本家の生産と消費の撹乱、選挙の過程のサボタージュ、支配者の人種差別的・性差別的な見解の孤立化、全般的な良心的拒否
今日を追い払うために:売り払われた官僚的な労働組合、労働の搾取、政党のぽん引きや中間業者への社会の依存、孤立化、疎外、個人主義。商品化された関係、願望そして日常。弾圧、体系的な暴力そして鎮圧。
皆で街路へ、我々の失われた尊厳を要求するために!
アテネ北部の同志たち
原文/英語・オランダ語:
http://indymedia.nl/nl/2010/07/68720.shtml
「ギリシャはどこにでもある!」のウェブサイト:
http://griekenlandisoveral.wordpress.com/
(翻訳/I)

アナキズム 14号
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